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ミグ25:ブレークスルーの傑作機(1)-ソ連超音速戦闘機函館空港強行着陸40余年

*)ベレンコ中尉死去のニュース
 ベレンコ中尉-その名を知っている人は多くはないだろう。
数日前(令和5年11月下旬)、ラジオから米国で死去したという短いニュースが流れた。
こんなことがニュースになるのか、という気がしないでもない。
翌日、新聞には10行程度か、小さなニュース記事が確かに掲載されていた。
73才というから、団塊の世代である。


*)秘密のベールに閉ざされた世界最強のジェット戦闘機函館空港に強行着陸
 昭和51年(1976年)、世界最強とされながらその実体がわからなかったソ連のジェット戦闘機ミグ25が、突然函館空港に強行着陸するという事件が起きた。


ウラジオストックあたりから、レーダーに捕捉されないよう、日本の防空網をかいくぐって、海面上15mだったか50mだったかを飛んできた。飛行時間15分位だったかの記憶もあるが、考えてみると間違っているかもしれない。操縦士はベレンコ中尉だった。定例の集団飛行訓練の最中に、離脱し飛来したものらしい。


秘密のベールに閉ざされたマッハ3にも及ぶ当時世界最強・最速のジェット戦闘機である。中東戦争の最中に上空に現れ、米国製戦闘機が追尾しようとしたが、加速したら追いつけなかったという。


*)日本の防衛体制・能力
 当時、日本の防空網はどうなっているのかという議論がかまびすしく行われた。
レーダーに捕捉されず、航空自衛隊によるスクランブルもされることなく、防諜網は全く有るか無きかの如くに、やすやすと函館空港に強行着陸している。
 相当な高性能のジェット戦闘機と高度な戦闘機操縦技術があいまって可能なことである。


*)磁石が付く
 翌日の新聞を見て驚いた。磁石が付いたというのである。信じられないことだ。鉄鋼材料ということである。
 航空機に鉄を使うということなど、考えられないことである。


*)赤錆び
 1年位前だったか、カタール・ドーハでサッカーワールドカップが開催された。日本の初戦の対ドイツ戦だったかの頃、深夜近くTVの裏番組で、ミグ25に関するドキュメンタリーが流れていた。
 その中のシーンで、


機体に赤錆(さび)が付いていたという報告を聞いて、証言者が、「赤さび...?。えー、考えられないことだ」というような語りがあった。
 続いて、世界最強の戦闘機ということだったが、「奴(やっこ)さん(=ソ連)、こんなもの(=鉄鋼)を使っている。内情は航空機材料(=アルミニウムやチタン合金)にも事欠いて、結構苦しいのだな、と察せられる..、云々」
   -(筆者が記憶に基づき意訳したもので、実際の語りとは異なっています)


というようなニュアンスで語られていた。


-筆者はそうは思わない。見ていて感じた。
筆者がかねて抱いていた感懐からすれば、期待外れ、あるいは的外れな認識のように思われた。


報道ドキュメンタリー番組は、現実の実写フィルムを見せられ非常に説得力があるが、その結論が正しいかどうかは別問題である。ドキュメンタリー番組には、ストーリー付けられた方向性への主張がある。視聴者はああそうなんだと無自覚のうちに納得する。あるいは認識眼に刷り込まれていく。


自分は異なる見解を有している。
 この証言者の見解、あるいはこのドキュメンタリーの認識とは異なる見解である。


これは人類が成し遂げた-ノーベル賞とか言う部類のものではないが-しかしある種の明らかなブレークスルー、傑作機である。


*)比強度と航空機材料
 航空機には軽いアルミニウム(Al)合金を使うことなど常識である。一部のジェット戦闘機にはやはり軽くて丈夫なチタン(Ti)合金が使われることがあっても、ほとんどはアルミニウム合金のジュラルミンを使用するのが当たり前である。


それを鉄鋼とは...。理論的には使おうと思えば十分に使える、ジュラルミンに匹敵するだけの性能を持つ鉄鋼合金があることは知っていたが、実際に実用化まで持って行き、航空機の形となって、それも機体への負荷・酷使度が極限まで突き詰められるジェット戦闘機として出現したことに驚愕した。


理論上使える性能があることと、実際に使える実用化まで持っていくまでの間には、天と地の開きがある。鳥類や航空機など空を飛ぶには、軽く丈夫な材料で作られていることが必須の前提条件である。これは


 比強度=強度/重量(or 質量)


として評価される。


 鉄(Fe)の比重 7.8
に対して、
 アルミニウム(Al)は 2.7
であるから、重さは1/3強である。しかし純アルミニウムは軟らか過ぎる。
 そこで亜鉛(Zn)やマグネシウム(Mg)を添加して合金化し、さらに熱処理して析出硬化させると、放置している間に著しく硬化する現象(時効硬化)をドイツ人研究者が最初に見出し、以来、世界中で研究開発がなされ、軽くて丈夫なアルミニウム合金のジュラルミン(Duralmin)が作り出されるようになった。それまでの双葉機から今日の単葉機としての航空機が主流になり普及したのは、ジュラルミンの開発によるところが決定的に大きかった。現在までほとんどすべての航空機で最適の材料として使用されている。ほかに軽くてより強いことからチタン(Ti)4.5も一部使用されている。


ちなみに他の金属材料の比重は、
 金(Au)19.3, 銀(Ag)10.5, マグネシウム(Mg)1.7
などである。


*)驚愕の鋼鉄製戦闘機
 鉄鋼材料は航空機に使えないか?。重すぎる。浮力で重量を相殺(そうさい)できる船舶には使えるが、航空機には無理である。


しかし鉄鋼は、日常的に使用される軟鋼から、合金化・熱処理・加工処理することによって、10倍以上まで強くすることができる。
 それ故、アルミニウムの3倍弱重くても、10倍以上強ければ、比強度はアルミニウムにまさり、より少ない重量で飛行機を作れるはずである。
 これは以前からわかっていることだった。


しかし実際に行おうとすると、高強度になると脆性破壊を起こしやすくなる、腐食しやすく耐食性に問題がある。所定の形状に加工する工法など、解決しなければならない他の様々な問題を克服せねばならない。


理論はともかく航空機にして空に飛ばすということなど、はじめから無理だとわかっていたから、誰も航空機材として使用することなど考えもしなかった。


それが目の前に、出現したのである。それも実際に使用する航空機という完成品の形として。さらに最も過酷な使用条件下で極限までの性能を発揮することが求められるジェット戦闘機として現れたのである。
 こんなことが可能になるとは思ってもみなかった。まさに驚天動地と言うほかない出来事である。


*)磁石付着性と赤錆びの符合-ステンレスではない、マルエージング鋼か
 磁石が付着するということと赤錆びが生ずるという事実は、矛盾が無い。材料の物性としてきわめて良い一致を示している。


オーステナイト系ステンレスではない。ステンレスは錆びにくいが磁石は付かない。
 恐らくフェライト系のマルエージング鋼の一種、さらに析出型にしてさらに強度を上げたものだろう。
 フェライト系鉄は、いわゆる鉄鋼あるいは鋼(はがね)である。磁石に付き、焼入れ熱処理により、著しく硬くなり刃物や日本刀にも作製される。一方、錆びやすく赤錆びを発生する。これを合金化し、さらに熱処理、加工処理して強度・破壊靭性を高めたものにマルエージング鋼などがある。


*)脆性破壊、低温脆性、水素脆性
 ジェット戦闘機は成層圏の高度まで飛翔するから、摂氏数十度からマイナス40~50度まで何度も熱サイクルを繰返すことになる。アルミニウムにはあまり無いが、鉄鋼では強度は高いが、低温になると脆くなる低温脆性や腐食進行で発生する水素が侵入して起こる水素脆性などの問題が、特にフェライト系では存在する。
 これについては、フェライト系でもマルエージング鋼系であれば、ニッケル(Ni)を含有しているから、水素脆性や低温脆性の確率は少ないだろう。ニッケル鋼は低温用鉄鋼として使用されている。


繰返し熱サイクルに伴う熱膨張・収縮も問題になるが、熱膨張率は金属だから大きいが、アルミニウムをベースとするジュラルミン系に比べれば小さいだろう。


*)人類の技術史上における明らかなブレークスルー
 鋼鉄製ジェット戦闘機-これは鉄鋼の製造・加工・航空機という具体的な実用製品化プロセスまで、連結した高度なレベルの工業力があって初めて成立する事業である。
 一般消費材や軽工業生産を必要最小限に留めてでも、重工業を重点的に推進したソ連の工業力ならではの技術力により達成した製造機体である。


他のどの国が同じことを成し得たであろうか。
 米国はやろうとは思えばできる工業力は持っていただろう。ロッキードやグラマンなど軍用機を製造する会社が複数ある。
 ただ鋼鉄製の飛行機を作るという発想があったとは思えない。彼らは既にジュラルミン製やチタン製の最高レベルのジェット戦闘機を製造している。それ以外のものを作る必要性は感じないだろう。もしそうした発想を持ったとしても鉄鋼製ではそれまでの技術やノウハウはそのままでは通用しない。全く違ったライン(工程)を立上げ確立せねばならない。米国だから軍需装備品にはいくらでも資金を注ぎ込むことができる。ただ実現までは相当な試行錯誤と長い年月が必要だろう。
 彼らがやる気になるとすれば、ミグ25という実体を見て初めてその気になってからだろう。すぐ自分達もとやる気を起こし、また実施する工程を考え出したことだろう。


日本はどうか。日本は日本刀など鉄鋼製品の製造・錬磨技術の伝統がある。また当時、日本の製鉄業は世界最高レベルにあった。技術的には可能だろう。三菱重工は戦艦などを作っていた訳だから、鉄鋼も扱えるだろうが、航空機に持って行くとなると、材料の選定、製造・加工・実機への組み上げなどは、日本製鉄などの鉄鋼企業との協業が必要だろう。こうした高度に特殊な完成品までの一連の工程を確立するまで至らせることは、日本では経済的に成り立たないだろう。戦争といった至上命令のある絶対的な状況でなければ、完遂する状況も需要度も成立しないだろう。


ドイツは技術的には可能だろう。第二次大戦中、V!,V2というロケットを世界で初めて作り出した国である。そうした状況にあれば、同じような発想、製造が起こり得た可能性はある。


ミグ25という実体を実現するまでには、バックグラウンドとなる高度の工業力とともに、相当な技術上の革新の積み重ねがあったはずである。
 これは常に秘匿される兵器、それも米ソ東西冷戦の真っ只中であったから、その意議は白日の下(もと)でのオープンな検討はなされなかったから、正当に評価されないままになっている。
 しかしこれはノーベル賞とか言う部類のものではないが、確かに人類の技術史上における明らかなブレークスルーである。偉業と言ってもよい。

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